研究の目的
本研究における主要対象は、所謂、「スナック(バー)」である。最低でもNTTの電話帳登録から確定可能な10万750軒、多く見積もるなら15~6万軒が全国に存在する、このトポスは、夜ごと数十万~百万単位の人びとが「社交」を行う、いわば「夜の公共圏」である(歴史上のコーヒーハウスの公共圏としての来歴や茶の湯などを想起されたい)。
本プロジェクトでは、この「スナック」に関する研究を中軸に、様々な専門的知見と、様々な時代における「夜の公共圏」との対照から、そのあり方を明らかにする。――『社交する人間(ホモ・ソシアビリス)』に言寄せるなら、ここでは「やわらかい公共圏」の解明が目指されるのである。
スナックは、全国津々浦々どこにでもあるが、その起源・成り立ちから現状に至るまで、およそ「研究の対象」とされたことは、未だかつて、ただの一度も無い。本研究では、社会的にはおよそ真面目な検討の対象とはされて来なかった、このスナックという「夜の公共圏」・「やわらかい公共圏」の存在に光を照てることで、日本社会の「郊外/共同体」と「社交」のあり方を逆照射することを目指すものである。
研究の特色
第一に、最大の特徴として、これまで、このような形で行われた研究と呼びうるものは、一切存在せず、本研究の存在自体が文字通り、本邦初の試みである、という点が挙げられる。
第二に、歴史学、哲学、文学、美術史学、政治学、法学など分野横断的かつ重層的な専門的知見、さらには確固とした統計学的手法の駆使は、前代未聞と言って差し支えない点が挙げられる。
第三に、これは実質的な内容に関わる点であるが、本研究における「スナック」を中軸とした「日本の夜の公共圏」に関する考察は、「郊外化」と迫り来る「人口縮減」の潮流のただ中で、ひとびとの「社交」のあり方そのものを、それが繰り広げられる場所から見据える試みであり、そこから、今後のわが国の郊外/共同体一般をめぐる知的考察の生々しい基盤を構築しようとする点に、最大の特色を有するものである点が挙げられる。
なお、酒食と音曲(ex. カラオケ)は「社交」を支える重要な要素であり、日本でも、とりわけ江戸期において、「詩酒風流」が高度な洗練を誇っていたことが知られている。今日の「スナック」は、江戸期の「悪場所」的社交の遠い末裔であり、その歴史的位置と現代的意義の分析は、人文学・社会科学を横断する学際研究の非常に有効な手法といえる(歌会や句会も酒食をともなっており、かつ階級の壁を超える装置でもあったし、その遙か彼方には文壇バーも存在する)。
第一期(2015-16年)研究会 報告者と報告タイトル(報告者の所属は当時のもの)
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